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2011年5月29日 (日)

第4回兵庫県ボランティアバスツアー 2日目

2011/05/13(土)

午前5時過ぎに目が覚め、6時から朝食のおにぎり配布が始まる。準備を整え7時には宿を出発。

兵庫県が宮城県と共同で開設した、東北自動車道-泉PAにあるボランティアセンターを訪れ説明を受けた後、この日の作業場所となる東松島市に移動。

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陸前赤井駅前のボランティアセンターに降り立った瞬間、吹きすさぶ砂風に思わずとっさにゴーグルとマスクを着用したほど砂塵が激しい状況でした。

ここで、作業地のお宅への班分けや、道具の分配が行われ、15班に分けられていた我々は7班に編成され、それそれの作業宅へ徒歩で向かう。

しかし、バスで向かう途中も歩いて作業地へ向かう際も思ったのが、街は普通に見え、復旧作業をする必要があるのだろうかという疑問である。

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ごく稀に地震で潰れたであろう建物があったが、津波で流されたような家はどこにも見当たらない。我が班が割り当てられた個人宅も、見た感じなんとも無いようで住民さんも普通に暮らしているように思われた。

しかし、作業を開始してみると、手つかずのヘドロがたっぷり・・・

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この地域は側に流れる定川の津波による氾濫でほとんどのお宅が床上浸水してしまったようで、2ヶ月の間にパッと見える道路等は全てヘドロの撤去は終わっていたが、各お宅になると、庭や床下などにはまだまだ取りきれないヘドロで一杯だった。

特に我々の班が入ったお宅は、少し条件が違っており、ここではなんとも表現しがたいですが、全く手付かずの、ある建物内のあらゆる物の撤去作業とヘドロを除去する事となりました。

班は12人、作業時間は少ないものの、体を痛めておられる住民さんの姿を見ると、できる事なら完全に取り除きたい。たまたま我が班には頼りになる大黒柱的存在のHさんが居てくれたことで、作業は次第に進んでゆきました。

しかし、どうやっても夕方の作業終了時間には間に合わないだろうとHさんとも考えていましたが、お昼からは午前中に作業完了した班が合流してくれて、20人以上の巨大班となりました。それでも我々が手を付けた建物は相当な作業量だったので、できるところまででも進めようという状態でした。

私はボランティア作業というものに始めて参加したのですが・・・

全く知らない人達と、この人数で作業を共にした時、ああする、どうする、こうする等、手間取り、戸惑い、足を引っ張ったり、サボる人などがあるものだと思っていたのですが・・・

阿吽の呼吸というか、機敏で、一人ひとりに気を使いながら、みんなの助けになるような作業をみんなが心がけて行動した時、こんなにも効率良く作業が進むものなのか!と、驚愕の思いで一杯でした。

結果、時間内に終わることはできないと思われた撤去作業を終える事ができました。

控えめな住民さんとは作業に関わる事の質問での会話しかしませんでしたが、最後にいただいたお礼の言葉に、我々は癒される思いでそのお宅を去る事ができました。

各班作業を終えると、ボランティアセンターに集まり、泥で汚れた道具や長靴を洗い流し、東松島市のボランティアセンターの方にお礼の言葉を賜り、バスに乗り込みました。

仙台の宿に戻る際、高速道路から仙台市若林区を見ることとなりました。

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何も無い・・・の一言でした。

夜、宿舎に仙台市在住の友人一家が私を訪ねて来てくれました。震災の後、一番心配していた友人家族との4年振りの再会は私にとって、たまらなく嬉しい贈り物となりました。この友人は阪神大震災でも被災し、5、6年前から仙台に住んでいるのですが、またも被災。しかも、測量の仕事をしている彼は、震災後ほとんど休む間もなく連日仕事だそうです。体を労わって無理の無い仕事をしてほしいものです。

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