2012年7月25日 (水)

出会いと別れ・・・

2012/07/25(水)

出会いと別れ・・・

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2012年4月29日 (日)

春から夏へ

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4月の上旬は非常に寒く感じましたが、昨日今日の日中は夏でしたね!
さあ、夏に向けて最高のシーズン!登りまくってしまいましょう!

2011年12月 4日 (日)

秋から冬へ

2011/12/04(日)
ホームページに移行して、このブログの投稿を終了して4ヶ月以上が経ちました。

今年の秋は異常に暖かく、紅葉もなかなか進まなかったのですが、やっと六甲山系の山々も色づきましたね。駒形岩周辺も綺麗な紅葉が広がっています。

この12月、きっと秋から冬へ一気に変化してゆくのでしょうね。
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2011年6月 2日 (木)

キャンプ研修会

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2011/05/30(月)・31(火)

六甲山上のとある場所で2日間に渡るお泊りの、キャンプ研修会なるものにstaffとして参加してきました・・・

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若い保育士さん達が20名程集まり、色んな遊び、野外料理、キャンプ遊び等を体験。

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なぜかしら、スルメイカを干す保育士さんたち・・・

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なぜかしらクライミングをする保育士・・・

他にも、野遊び、ターザンロープ、信頼ゲーム、薪割りなどなど・・・

そして、夜の宴の料理もみんなで作る・・・

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ダッチオーブンでローストビーフを作ったチーム・・・

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大量のポトフとお釜炊きのご飯を、自分達で切り出した薪をくべて炊き上げたチーム・・・

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ひたすらスルメの天ぷらをあげるチーム・・・

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あげても、あげても、食材は減らず・・・他のチームの料理が完成したので残りはバーベキューに変身!!

写真は無いがデザート担当チームは数種類のケーキを焼き上げ、ついでにクッキーまで焼いてくれました!

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寒い寒い5月の六甲山上で、アウトドア宴会・・・みんなで作ったたくさんのご馳走のおかげでとってもおいしく楽しい宴となりました!

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夜中はあまりに寒いので、キャンプファイヤーでの出し物研修は室内で・・・

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しかしいくら寒くてもドラム缶風呂は屋外で・・・気持ち良かったあ!

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二日目の朝食も、外でご飯、味噌汁、ポトフ、焼き魚、ホタルイカ、卵焼きなどなど盛りだくさん!

食べるや否や、クライミングウォールに喰らいつく男性保育士達・・・

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女性達は焼き物作りに夢中・・・壁は男性陣しか興味無いかと思いきや、

粘土をこねあげさっさと完成させた女性達は、どんどんクライミングにチャレンジ!

あまりの盛り上がりに、ウォールの解体作業を30分遅らせるほど大盛況だった。

最後は、参加者の保育士さん達だけで、昼ごはんの用意。講師は一切手を出さないという約束のもと、薪をくべ米を炊き、カレーを作る。

出来上がったご飯は、こげることも無く生炊きでもなく、とても上手に炊き上がっており驚いちゃいました!もちろん、カレーライスはvery good!

全てのアウトドア道具を皆で片付けて研修は終了となりました。

こんな研修会を仕事の一環として派遣されてきた保育士さん達・・・

楽しんでもらえましたか?

(きっと、一般の方達も是非参加してみたいんじゃないでしょうか・・・)

出発式

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2011/05/28(土)

雨の降りしきるなか重機の出発式の為、宝塚市役所に出向きました。

ボランティアバスツアーの仲間も8人集まり、初めて会う人がいたり、初めてメッセージの書き込まれた重機を見た人もいたり・・・

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非公式ではあるものの、宝塚市長の中川智子さんも駆けつけ挨拶をしていただきました。

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運送はリース会社が担当、石巻市重機部所属の重機として被災地のボランティア等の手により復興支援作業の大きな力となるようです。
出発式では、企画者のOさんが「単なるガレキ撤去の作業でなく、想い出のアルバム探しの力になれば・・・」と挨拶されていました。

資金は、宝塚ボランティアーセンター、リース会社に設置された募金箱により募金を募られたようです。
募金を振り込める口座や、組織的な活動はされていなかった為、必要な資金は集まりきれていないままの出発となりました。
広報活動としては周囲の人達への協力要請と、宝塚ボランティセンター内にパネルコーナーを設置してもらい、詳細なレポートや写真を展示し募金箱の設置等をされ支援を呼びかけられていました。
足りない資金はOさんと協力者の方で折半する模様ですが、日本財団に必要な資金の補助申請も行われているようで、現在は審査結果待ちだそうです。
ただ、ツイッター、ブログ、ホームページ等での広報活動ができなかった為、情報を掴む事が困難でした。宝塚に赴ける人、Oさんと直接会える人しか企画の内容を把握しずらかったようです。
素晴らしい企画が実行されましたが、うまくたくさんの人に伝えきれていない状況です。
今後もこの活動は第二段階に入る可能性があり、他にも淡路島でも支援組織を立ち上げる話がある事を、出発式の後のディスカッションで知ることができました。
私も、できることをできるときにコツコツと・・・この気持ちで東北復興支援、原発問題に取り組んでゆきたいと思います。

”重機を東北へ!”

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2011/05/24(火)

ボランティアツアー仲間が重機を被災地へ送る活動をしているという事で・・・気になり、本人に会いに宝塚市立安倉小学校へ向かいました。

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私達が瓦礫撤去作業を人力で行った宮城県石巻市雄勝地区のように、まだまだ支援の手も道具も足りていない地域はたくさんあるようです。

宝塚市在住のOさんの個人でのこの企画
2度に渡るボランティアバスツアーに参加され、被災地からのニーズとして重機(ユンボ、パワーショベル)が必要と判断され実行されました。
もちろん他にも多種多様のニーズの中から、大島さんが強く思い、行動に移すことができたのが今回の”重機を東北へ!”という企画のようです。
石巻専修大学内重機部の方達と5月中に送ると約束されていたとも伺いました。
重機リース業者の協力を得、中古重機を買い取り石巻市へ寄贈することになりきました。
塗装し直され、”がんばろう東北””がんばろう日本””兵庫っぺ絆””兵庫県”"宝塚市”等のステッカーが貼られ、安倉小学校全校生徒の手書きメッセージがところせましと書き込まれていました。
授業の一環として重機への書き込み風景に立ち会うことができて、子供達の純粋な思いに触れることが出来ました。
宝塚中山にあるボランティアセンターでは、パネル展示等で被災地の現状、重機の必要性などが掲示され募金箱も設置されています。お近くの方は是非ご覧下さい。

2011年5月29日 (日)

第4回兵庫県ボランティアバスツアー 3日目、4日目

2011/05/15(日)

作業2日目の朝も7時に宿を出発し、この日は1時間半バスに揺られながら石巻市へ向かう。

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石巻市では、石巻専修大学がボランティアセンターとなっており、ボランティアの大きな活動拠点となっているようでした。全国からのボランティア有志が集まっていて、テントもたくさん張られており、全国のあちこちのナンバーの車が集っていた。

ここで、この日の作業の詳細を私達のツアー代表者が説明を受け改めてバスで出発。

我々が向かったのは石巻市雄勝(おがつ)地区。

石巻専修大学から1時間半のバス移動。北上し、北上川沿いに全てが流されてしまった地区を横目に東へ向かい、最後に山を越え南下すると、激しく破壊された町に到着。

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雄勝湾の入り江の付け根に当たる町は惨憺たる状況で、2ヶ月経ったこの段階でも未だに廃材撤去作業は道路以外手付かずと思える状況でした。

ここで4台のバスは2台ずつの二手に別れ、湾の付け根から東西に分かれて対岸の海岸線の小さな漁村へとそれぞれ向かいました。

私達1号車、2号車が向かったのは海際の小さな埋立地。

目の前の海には屋根だけ見える家や、陸には打ち上げられた漁船がゴロゴロと・・・もちろん見渡す限りの家は壊滅・・・

我々が指示を受けた作業は、廃材撤去の為の重機が入る為に、重機が入れるように人の手で重機の入れる道を確保して欲しいとの要請でした。

目の前にはありとあらゆる廃材が、廃墟が、広がっていました。

柱、梁、壁、屋根、床、畳、電信柱も、冷蔵庫もテレビも家財道具も、服も、アルバムも、集めていた消しゴムのビンも、ぬいぐるみも、何もかもが2ヶ月経っても手付かずでした。

1号車のメンバーは男性15人、2号車は女性15人。

たった数時間の手作業で何ができるんだろう・・・

正直な私の感想です。

でも、やるしか無い。

男性は、とにかく大きな廃材を撤去し、女性はその後に残った細かい木片やガラス等を、ズタ袋に広い集め、最後には掃き掃除。

水に浸かった畳が、とても重く4人掛かりでやっと1枚運ぶ。

黙々と、老若男女を問わず、自分に見合った物を運び、拾い集める。

時には声を掛け合い、10人掛かりで運んだ壁や、梁などなど・・・

一体何件分の家を運んだのだろう・・・

私達ができた作業は、ほんの僅かなものでした。

しかし、こんな途方も無い廃材をどこまで撤去できるのか?と最初は思っていたのですが、みんなでコツコツ、コツコツ運ぶことで、私には想像できなかったほどの廃材を撤去する事ができました。

ほんとにコツコツ、コツコツと。

何より大変だったのは大物を男性人が撤去した後、細かい物をしゃがんで拾い続けてくれた女性達の作業だったと思います。

ほんとにみなさんお疲れ様でした。

作業の最後に今回のツアー代表者の方に写真撮影の許可を取り、作業場所を撮らせていただきました。

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なにも無い空間には、たんまり廃材が転がりまくっていたのですが、みんなの力で車が入れる状態になりました。そして地盤沈下した波止場には、満潮の波が乗り越えていました。

こんな地域がまだまだ報道されずに残っているのかと思うと、やるせない気持ちとまだまだたくさんの支援が必要だと強く思うのです。

阪神大震災では、2ヶ月でのべ100万人のボランティアが活動されたのですが、今回の東北は2ヶ月で25万人のボランティアしか活動できていません。あきらかに、復興支援が必要な人や場所がたくさんあるのに、しかも支援したい人がたくさん居るというのに、いろんな理由(広範囲、たくさんの被災地)があるのでしょうが、間を取り持つシステムが上手く機能していないため、歯がゆい状態が続いているようです。復興支援に携わった以上、私も少しでもこの状況が改善できるように何かをしていきたいと思います。

2日目の作業お終え、まだまだ手付かずの雄勝地区に後ろ髪を引かれる思いのまま、我々は一路神戸を目指しました。

2011/05/16(月)

15時間を費やし神戸に戻った我々は、解団式を行い、共に使った道具達をボランタリープラザまで運び上げ、全ての作業を完了しました。

最後に共に参加した仲間達と固い握手を交わし、互いをねぎらいながら帰路についたのでありました。

第4回兵庫県ボランティアバスツアー 2日目

2011/05/13(土)

午前5時過ぎに目が覚め、6時から朝食のおにぎり配布が始まる。準備を整え7時には宿を出発。

兵庫県が宮城県と共同で開設した、東北自動車道-泉PAにあるボランティアセンターを訪れ説明を受けた後、この日の作業場所となる東松島市に移動。

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陸前赤井駅前のボランティアセンターに降り立った瞬間、吹きすさぶ砂風に思わずとっさにゴーグルとマスクを着用したほど砂塵が激しい状況でした。

ここで、作業地のお宅への班分けや、道具の分配が行われ、15班に分けられていた我々は7班に編成され、それそれの作業宅へ徒歩で向かう。

しかし、バスで向かう途中も歩いて作業地へ向かう際も思ったのが、街は普通に見え、復旧作業をする必要があるのだろうかという疑問である。

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ごく稀に地震で潰れたであろう建物があったが、津波で流されたような家はどこにも見当たらない。我が班が割り当てられた個人宅も、見た感じなんとも無いようで住民さんも普通に暮らしているように思われた。

しかし、作業を開始してみると、手つかずのヘドロがたっぷり・・・

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この地域は側に流れる定川の津波による氾濫でほとんどのお宅が床上浸水してしまったようで、2ヶ月の間にパッと見える道路等は全てヘドロの撤去は終わっていたが、各お宅になると、庭や床下などにはまだまだ取りきれないヘドロで一杯だった。

特に我々の班が入ったお宅は、少し条件が違っており、ここではなんとも表現しがたいですが、全く手付かずの、ある建物内のあらゆる物の撤去作業とヘドロを除去する事となりました。

班は12人、作業時間は少ないものの、体を痛めておられる住民さんの姿を見ると、できる事なら完全に取り除きたい。たまたま我が班には頼りになる大黒柱的存在のHさんが居てくれたことで、作業は次第に進んでゆきました。

しかし、どうやっても夕方の作業終了時間には間に合わないだろうとHさんとも考えていましたが、お昼からは午前中に作業完了した班が合流してくれて、20人以上の巨大班となりました。それでも我々が手を付けた建物は相当な作業量だったので、できるところまででも進めようという状態でした。

私はボランティア作業というものに始めて参加したのですが・・・

全く知らない人達と、この人数で作業を共にした時、ああする、どうする、こうする等、手間取り、戸惑い、足を引っ張ったり、サボる人などがあるものだと思っていたのですが・・・

阿吽の呼吸というか、機敏で、一人ひとりに気を使いながら、みんなの助けになるような作業をみんなが心がけて行動した時、こんなにも効率良く作業が進むものなのか!と、驚愕の思いで一杯でした。

結果、時間内に終わることはできないと思われた撤去作業を終える事ができました。

控えめな住民さんとは作業に関わる事の質問での会話しかしませんでしたが、最後にいただいたお礼の言葉に、我々は癒される思いでそのお宅を去る事ができました。

各班作業を終えると、ボランティアセンターに集まり、泥で汚れた道具や長靴を洗い流し、東松島市のボランティアセンターの方にお礼の言葉を賜り、バスに乗り込みました。

仙台の宿に戻る際、高速道路から仙台市若林区を見ることとなりました。

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何も無い・・・の一言でした。

夜、宿舎に仙台市在住の友人一家が私を訪ねて来てくれました。震災の後、一番心配していた友人家族との4年振りの再会は私にとって、たまらなく嬉しい贈り物となりました。この友人は阪神大震災でも被災し、5、6年前から仙台に住んでいるのですが、またも被災。しかも、測量の仕事をしている彼は、震災後ほとんど休む間もなく連日仕事だそうです。体を労わって無理の無い仕事をしてほしいものです。

第4回兵庫県ボランティアバスツアー 1日目

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2011/05/13(金)

私が参加した東北ボランティアバスツアーは、ひょうごボランタリープラザという兵庫県が設置し兵庫県社会福祉協議会が運営している公の組織が企画実行したツアーでした。つまり、兵庫県から補助を受け、兵庫県在住、在勤者対象の短期ツアーです。

申込者が殺到する為、申し込み詳細が発表されるのも申し込み日のほんの数日前。毎日のようにテェックしていないと、気付いた時には締め切りになっている事が多かったようです。幸い、私には逐一ボランティア情報を伝えてくれる知人がいたため、毎日のテェックをする事無く情報を得ることができました。

5月8日日曜日:電話申し込み、先着順で68名の枠はその日のうちに一杯になり締め切りとなったようです。

申し込みから5日後の5月13日金曜日、JR神戸駅そばのボランタリープラザの入っているクリスタルタワーに集合、受付を済ませ午前8時に参加者67名、県スタッフ数名を乗せた4台のバスが宮城県仙台市に向け出発しました。

阪神高速、西宮-名神、米原-北陸道、新潟-磐越道、福島-東北自動車道、13時間を掛けて宮城県仙台市の宿に到着したのは午後9時過ぎ。

大移動の末、通ってきた景色を見て感じたのは、今現在殆どの日本の地域は何事も無く平穏無事であるという事。きっと東北沿岸部だけが局所的に壊滅的な打撃を受けているのだろうと、仙台に降り立ち想像したのでありました。

立派な温泉ホテルが我々の宿でしたが、神戸から運んだ毛布を持ち込み、宴会場というか、広間の畳のうえに敷き毛布を敷き、1人一畳のザコ寝という宿泊スタイル。

普段テント生活の多い私にとって畳の上は幸せでしたが、田んぼのカエルの鳴き声のような多数のイビキはなかなかのものでした。

2011年5月16日 (月)

宮城県東松島市、石巻市雄勝地区ボランティア活動

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2011/05/13(金)~16(月)

16日早朝、宮城県から帰ってきました。

今回初めて被災者の方にお会いしました。私がお会いした方々は多くを語られませんでしたが、まだまだ続く災害復興の日々の中で生活しておられる困難さを感じました。

復興したように見える街の中も、1件1件のお宅には未だヘドロを出し切れないお宅も多数あり、2ヶ月経過しても全く手が付けられていない小さな漁村があり・・・

まだまだまだ、これから!

日本のみんなで頑張って支えていきましょう!東北!東日本!

2日間の短い日数での作業でしたが、色んな思いに出会い、色んな思いが交錯し、色んな思いが湧き上がりました。

僕は一緒に活動できた仲間のお陰で、重労働も笑顔で行うことができました。今回一緒に赴いたみなさん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!

詳細は改めて、時間を掛けてブログにて綴っていきます。