2011/05/15(日)
作業2日目の朝も7時に宿を出発し、この日は1時間半バスに揺られながら石巻市へ向かう。
石巻市では、石巻専修大学がボランティアセンターとなっており、ボランティアの大きな活動拠点となっているようでした。全国からのボランティア有志が集まっていて、テントもたくさん張られており、全国のあちこちのナンバーの車が集っていた。
ここで、この日の作業の詳細を私達のツアー代表者が説明を受け改めてバスで出発。
我々が向かったのは石巻市雄勝(おがつ)地区。
石巻専修大学から1時間半のバス移動。北上し、北上川沿いに全てが流されてしまった地区を横目に東へ向かい、最後に山を越え南下すると、激しく破壊された町に到着。
雄勝湾の入り江の付け根に当たる町は惨憺たる状況で、2ヶ月経ったこの段階でも未だに廃材撤去作業は道路以外手付かずと思える状況でした。
ここで4台のバスは2台ずつの二手に別れ、湾の付け根から東西に分かれて対岸の海岸線の小さな漁村へとそれぞれ向かいました。
私達1号車、2号車が向かったのは海際の小さな埋立地。
目の前の海には屋根だけ見える家や、陸には打ち上げられた漁船がゴロゴロと・・・もちろん見渡す限りの家は壊滅・・・
我々が指示を受けた作業は、廃材撤去の為の重機が入る為に、重機が入れるように人の手で重機の入れる道を確保して欲しいとの要請でした。
目の前にはありとあらゆる廃材が、廃墟が、広がっていました。
柱、梁、壁、屋根、床、畳、電信柱も、冷蔵庫もテレビも家財道具も、服も、アルバムも、集めていた消しゴムのビンも、ぬいぐるみも、何もかもが2ヶ月経っても手付かずでした。
1号車のメンバーは男性15人、2号車は女性15人。
たった数時間の手作業で何ができるんだろう・・・
正直な私の感想です。
でも、やるしか無い。
男性は、とにかく大きな廃材を撤去し、女性はその後に残った細かい木片やガラス等を、ズタ袋に広い集め、最後には掃き掃除。
水に浸かった畳が、とても重く4人掛かりでやっと1枚運ぶ。
黙々と、老若男女を問わず、自分に見合った物を運び、拾い集める。
時には声を掛け合い、10人掛かりで運んだ壁や、梁などなど・・・
一体何件分の家を運んだのだろう・・・
私達ができた作業は、ほんの僅かなものでした。
しかし、こんな途方も無い廃材をどこまで撤去できるのか?と最初は思っていたのですが、みんなでコツコツ、コツコツ運ぶことで、私には想像できなかったほどの廃材を撤去する事ができました。
ほんとにコツコツ、コツコツと。
何より大変だったのは大物を男性人が撤去した後、細かい物をしゃがんで拾い続けてくれた女性達の作業だったと思います。
ほんとにみなさんお疲れ様でした。
作業の最後に今回のツアー代表者の方に写真撮影の許可を取り、作業場所を撮らせていただきました。
なにも無い空間には、たんまり廃材が転がりまくっていたのですが、みんなの力で車が入れる状態になりました。そして地盤沈下した波止場には、満潮の波が乗り越えていました。
こんな地域がまだまだ報道されずに残っているのかと思うと、やるせない気持ちとまだまだたくさんの支援が必要だと強く思うのです。
阪神大震災では、2ヶ月でのべ100万人のボランティアが活動されたのですが、今回の東北は2ヶ月で25万人のボランティアしか活動できていません。あきらかに、復興支援が必要な人や場所がたくさんあるのに、しかも支援したい人がたくさん居るというのに、いろんな理由(広範囲、たくさんの被災地)があるのでしょうが、間を取り持つシステムが上手く機能していないため、歯がゆい状態が続いているようです。復興支援に携わった以上、私も少しでもこの状況が改善できるように何かをしていきたいと思います。
2日目の作業お終え、まだまだ手付かずの雄勝地区に後ろ髪を引かれる思いのまま、我々は一路神戸を目指しました。
2011/05/16(月)
15時間を費やし神戸に戻った我々は、解団式を行い、共に使った道具達をボランタリープラザまで運び上げ、全ての作業を完了しました。
最後に共に参加した仲間達と固い握手を交わし、互いをねぎらいながら帰路についたのでありました。
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